祖母山大明神の正体とは?

━ ウガヤフキアエズ王朝が存在した証拠がここにある! ━

大分県竹田市 健男霜凝日子神社

祖母山の山頂に祀られている祖母山大明神。
それは「健男霜凝日子」のことだとされていますが、実はそうではなかったのです。
『ウエツフミ』の記述から、「タムロシオコリヒコ」だったことが判明しました!

 

その正体とは?
そして、なぜそれを隠す必要があったのか?
さらに、この神様が重要である理由とはいったい何なのか?

 

いよいよウガヤフキアエズ王朝の核心部分が、表舞台に顕われるときがやってきたようです。

 


橋爪宮司のホンネ?

かつて、健男霜凝日子神社の宮司であった橋爪氏は『ウエツフミは偽書である』と発言しています。
それを守り続けてきた家系のご当主が、なぜそんな否定的な発言をする必要があったのでしょうか・・・・?!
ちなみにこの家系は、今でも『ウエツフミ 橋爪本』を秘蔵しているハズです。

 

このことがずっと私を悩ませて続けて来たのですが、この発言の真意がやっと分かりました。
つまり、『今はまだ表に顕れる時期ではない』ということなのです。
だから橋爪氏はウソの公式発言をしたとしか思えません。
知っていたからそこ、ウソで誤魔化さなくてはならなかった辛さ、今になってヒシヒシとそれが分かります。

 


謎の多すぎる健男霜凝日子神社

まず、この神社から説明しなければなりません。
非常にややこしい神社なので、イラストにしてみました。


つまり本宮・中宮・下宮で、それぞれ御祀神が異なっているのです。
この御祀神の配置を見ただけでは、さすがに私自身も何の事だか、さっぱり分かりませんでした。

つい先日までは・・・・
これが、【偽装テクニック その1】です。


健男霜凝日子って誰?

ここに祀られている健男霜凝日子ですが、古事記・日本書紀には登場せず、ウエツフミにもたったの一度しか登場しない、霜を結ぶ勇猛な竜蛇身の男神であると言われています。

 

この神社は、なぜこの謎の神様を大切に何千年も守り続けてきたのでしょうか?
そして、なぜ「タムロシオコリヒコ」を「タケオシモコリヒコ」に読み替えなければならなかったのでしょうか?
これが、【偽装テクニック その2】です。

 


ウエツフミの記述から

私は普段は夜中に読書することはほとんどありません。
ところがある日、無性に山彦と豊玉姫のことが気になり始め、深夜にウエツフミを紐解いてみました。
するとどうでしょう?
これまで難解すぎてちっとも理解できなかったその記述が、まるで霜が溶けるように、スラスラと鮮明に脳裏に浮かんでくるではないですか。
まるで、何かの「啓示」が降りてきたような不思議な体験です。

 

前書きはさておき、そこに何が書かれていたのかを、超カンタンに解説します。

とても重要なので、一字一句最後までていねいに読んでください。

 

◆兄から借りた釣り針を無くしてしまった山彦は、ワタツミの大宮(竜宮城)にそれを探しに行きます。
◆ここで豊玉姫と出会い、恋に落ちた山彦は、長い間帰ってこなくなります。
◆これを心配した父親のニニギの命は、猿田彦とアメノウズメの夫婦神に、山彦を迎えに行くよう指示します。(この部分は記紀からは削除されている)
◆ヒラフ貝から情報をもらい、クジラに乗って迎えに行った2神は、無事に山彦と豊玉姫を連れて帰ってきます。(この部分、記紀では猿田彦がヒラフ貝に挟まれて死んだとされている)
◆帰り際に、ワタツミの神は、山彦に潮満玉と潮干玉のお宝を持たせます。

 

さてさて、ここからが最も重要な記述なのですが、このときに4人がお宝を持って帰るときの様子が克明に記録されているのです。

 

◆ワタツミの神は、4人の乗り物として「ウガツチ」という海獣を6頭呼んで、「お前たちは道を知っている神なので、くれぐれもそそうの無いように!」と命令します。
(1)先頭の2頭(♂と♀のつがい)に山彦と豊玉姫が乗り
(2)真ん中の2頭に猿田彦とアメノウズメが乗り
(3)最後の2頭が潮満玉と潮干玉を頭に載せて運びます。

 

すごくややこしいので、イラストにしてみました。

 

そしてのちに、
(1)が琵琶湖の竹生島に祀られます。

正式名称はヤヒロウガツチ


(2)が福島の白河のウガチ野という場所(詳細不明)に祀られます。


(3)が祖母山に祀られます。

正式名称はタムロウガツチ

 


ウガツチとは何か?

ここに出て来るウガツチという海獣ですが、神道に詳しい人ならもうお気づきでしょう?
そうです、弁才天の守り神とされている「宇賀神」のことなのです。

 

古代「ツチ」とはヘビのような格好をした怪獣のことであり、多分「ツチの子」とは文字通り「ツチの子ども」という意味です。
「ミズチ」という生物もいたようですが、これは多分「水ツチ」。


だから、正確には「ウガツチ神」であり、これが省略されて「宇賀神」となったようです。
ちなみに「宇迦之御魂(ウカノミタマ)」も、龍のような生物なのかもしれません。

 

そして、その姿を克明に再現したと思われる謎の石像が、大分県豊後大野市緒方町上畑の「健男社」に残されています。(1枚目)
その次の写真は、琵琶湖の竹生島にある「宇賀神」のご神体です。(2枚目)
両者が多少違っているのは、中国伝来の「玄武(水神)」と混同され、歪曲されているからです。(3枚目)

そんな生き物が存在するハズが無いとお思いのアナタ!

日本にもかつて、ワニでも恐竜でもない謎の生物が存在していたことをご存知ですか?
それを「コリストデラ類」といいます。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG02H87_T00C15A7CR0000/
http://nh.kanagawa-museum.jp/event/info/ev221.html

 

このほか、どんな生物が生息していたのかは、まだまだ研究途上であり、全てが解明された訳ではありません。

 


祖母山に祀られたタムロウガツチ

さてさて、ここからが核心部分となります。


祖母山に潮満玉と潮干玉を運んだオス・メスのタムロウガツチのつがいは、その功績により「シオコリヒコ」という名前を賜ります。
くどいようですが、「シモコリヒコ」ではなく「シオコリヒコ」です。


オスのほうが「シオコリヒコオウナの命」メスのほうが「シオコリヒメオウナの命」

2頭といおうか、2神は老人となるまで「翁姥岳(おじうばだけ)」つまり祖母山に住み続けます。


だから、現在でも祖母山は別名「姥岳」と呼ばれています。
つまり「神武天皇の祖母を祀ったから祖母山」ではなかったのです。
これが、【偽装テクニック その3】です。

【原文】http://www.coara.or.jp/~fukura/uetufumidata/uetudata.php?tno=14&sno=16

 


問題の核心部分とは?

ここまで読んで「何だそれだけ?」で終わってしまったアナタ。
最も大切なことを読み飛ばしていませんか?


そうです、ここでアナタが一番心配しなければならないのは、
「潮満玉と潮干玉は、どこへ行ったか?」
ということなのです。

 

このお宝を山彦に手渡すとき、ワタツミの神は、こうコメントしています。
「オレンジ色の潮満玉を水に浸せば潮が満ちてきます。紫色の潮干玉を水に浸せば潮が引いてきます。だから、兄の海彦様も言っているように、これから日本国を統治することになる我が婿殿、山彦様よ! もし反逆する勢力があったならこの玉で滅ぼしなさい!」

 

このあとが、『古事記』『日本書紀』と『ウエツフミ』では記述が大きく異なるのです。
◆記紀・・・・山彦は、この潮満玉と潮干玉を使って、かつて意地悪をした海彦を懲らしめたと伝えています。そして、その海彦の子孫が隼人であると・・・・!!
◆ウエツフミ・・・・山彦は、即位直後に関西で反乱を起こした「ヨスセリ」という勢力をこの玉で滅ぼします。つまりこれが隼人の祖先であると・・・・。

 

賢いアナタはもうお気づきですよねえ?
「じゃあ、このあと隼人が政権を握って、歴史を書き直したんじゃないの?」
そのとおりです!
私もそう考えますが、本題には関係が無いので先を急ぎます。

 


結論---宝玉はどこに?

もう一度いいます。
問題は、「潮満玉と潮干玉は、どこへ消えたか?」なのです。

 

ご存知のように大和朝廷の三種の神器は「ヤタの鏡、草薙の剣、ヤサカニの勾玉」なのですが、
これに対して、
ウガヤフキアエズ王朝の三種の神器は「ヤタの鏡、天の叢雲の剣、潮満玉と潮干玉」でした。

 

もともと天照大神がニニギの命に授けたのは「二種の神器」だけでしたが、山彦ことホホデミの命が即位するときに、三番目の神器としてこの宝玉が追加されています。
【原文】http://www.coara.or.jp/~fukura/uetufumidata/uetudata.php?tno=14&sno=20

 

つまり、「潮満玉と潮干玉」は、大和朝廷には継承されていない!!ことになります。

 

ということは、まだどこかに有る!
だとすると、それは、祖母山に隠されている可能性が一番高いということです。

 

もし、私の推論が正しいとするならば、潮満玉と潮干玉を頭に乗せて運んできた「タムロ(ウガツチ)シオコリヒコ」は、そのまま神様となってこの宝玉を守っているハズです。

 

◆オスの「タムロウガツチ・シオコリ彦・オウナの命」が、祖母山大明神

火丹色の潮満玉を守る神様

 

◆メスの「タムロウガツチ・シオコリ姫・オウナの命」が、嫗嶽大明神

紫色の潮干玉を守る神様

 

(写真はどこかの神社に奉納されている潮満玉と潮干玉ですが、もちろん本物ではありません)


もしこのことが、一般に公表されたらどうなるでしょうか?
なんとしてもこの宝玉を探し出して闇に葬ろうとする勢力が活躍するハズです。
記紀を書いた人たちが、山彦や猿田彦の記述を必死でもみ消そうとしていることは、前述のとおりです。

 

だから、橋爪宮司は口をつぐみ、「タムロシオコリヒコ」は「健男霜凝日子」と名前を変え、ひっそりと誰も知らない山奥のどこかに、現在でも隠れ続けているのです。

 

そういえば、祖母山の麓にある神原地区は何かを隠すにはもってこいの場所です。
かつては鬱蒼とした原生林が生い茂り、人が立ち入ることを拒み続けていた、最後の秘境だったからです。

 

江戸時代にこの地を治めていたのは中川の殿さまでした。
多分、このお方はすべてを知っていたに違いありません。
だから「穴森神社」の裏手の大洞窟にたまっていた水を抜き、この宝玉を探させました。

ところが出てきたのは大蛇の骨だったといいます。
この骨は現在でも祠に祀られていますが、シオコリ姫の骨だったかどうかは謎のままです。

 

いずれにせよ、まだこの宝玉は発見されずに、ひっそりとどこかに隠されていることになります。

 

やがて、それが正しい人の手に渡り、正しいことに使われる日が訪れるまで・・・・!!

 

その日が、もうそこまで来ていると感じるのは私だけでしょうか?