ムー大陸とレムリア大陸について新発見

縄文人の故郷はレムリア大陸か?

日本人の祖先に関する認識が大きく変わる可能性が出てきました。

 

通説では、
『人類共通の祖先であるアフリカ大陸のドゴン族が、北回りと南回りの2つのルートで日本にたどり着いて、縄文人となった。』
とされていますが、

 

DNAに関する研究が、日進月歩で進化しており、この定説が覆される可能性が大きくなってきました。


アマンダン諸島、チベット、日本の共通点

最新のDNA研究によると、


◆縄文人のY染色体のハプロタイプは【D】である。
◆この【D】を持つ民族は、下記に住んでいる。
(1) ベンガル湾のアマンダン諸島 (インドとタイの中間)
(2) チベット
(3) 日本では沖縄とアイヌに純粋な【D】が多い
【出典はNHK】http://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2015/05/0529.html

 

つまり、他のアジア民族とは全く違うDNAを持つ人たちが、上記の3か所に分かれて住んでいるということです。

 


レムリア大陸からやってきた縄文人

この3か所を地図にプロットすると、あるひとつの仮説が生まれます。
それは、
◆アマンダン諸島にあった「レムリア大陸」が海中に沈んだので
◆レムリア人たちは、チベットと日本に避難した。

 

「レムリア大陸」があったとされる場所が、まさに現在「アマンダン諸島」と呼ばれているのです。
【出典】https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%82%A2

 

フムフム、そう考えると日本人とは、ドゴン族の子孫でもなければ、シュメール人の子孫でもない、ということになります。

そういえば、アフリカや中東の人たちとは、何となく顔つきや背格好が違うなあと感じていました。

多分、「日ユ同祖論」を熱心に展開する勢力から、そう思い込まされていたのですね。

 

⇒「飛騨の口碑」では、古代九州はインドから来たシオツチ族(レムリア人?)と、モンゴル人と、朝鮮人が3つ巴で争っていたので、飛騨王朝から天孫族を送り込んだとしいてるが、当たっているかもしれない。なぜなら飛騨人のDNAは弥生系だからである。

⇒なお「仏教」とは、古代レムリア人の思想の一部が文字=お経で伝わったものである。だからインドやチベットから伝わったと思われているが、レムリア人の末裔たちが広めた。お数珠は、「レムリア水晶」の名残か?

 

それでは、「アマンダン諸島」が「レムリア大陸」であるとするならば、もうひとつの伝説の「ムー大陸」とは、どこにあったのでしょうか?

 


ここが伝説の「ムー大陸」か?

古代天皇の名前が付いた海底山脈を発見!

いったい「ムー大陸」ってどこなのか?
気になって夜も眠れなくなりました。

 

ググッてみても、「ムー」と「レムリア」の位置が重なっていたり、全く同じだという説もあったりして、大混乱です。

 

そこで、グーグル・アースで探してみることにしました。
私の中に強い確信があったのです。


それは、北緯33度、東経175度の付近だということ。


なぜ北緯33度東経175度なのか?

以前にもお話ししましたが、全ての文明は北緯33度付近に集中しているということです。
 

アトランティス(バミューダ海域)の180度裏側が、九州の祖母山・久住山
そこから東に90度ずれると、シュメール文明
そこから東に45度ずれると、チベット文明
そこから東に45度ずれると、再び九州の祖母山・久住山
全て北緯33度線上です。
だから、九州から東に45度ずれた場所に何かがあるとにらんでいたのです。

 

すると、やっぱりあるではないですか!
スゲーぜ、グーグル・アース!

 

しかも、このあたりの海域には、古代天皇の名前が付いた海山がゴロゴロあります。

総称して、「天皇海山群」と呼ぶらしい。

【出典】Wikipedia『天皇海山群』

 

そこには、
神武海山、天智海山、桓武海山、欽明海山、雄略海山、光孝海山、応神海山、神功海山、仁徳海山、用明海山、推古海山
などの名前がみられます。

 

しかもですよ、これを命名したのが、なんとアメリカ人らしいのです。
「1954年にアメリカ合衆国の海洋学者ロバート・シンクレア・ディーツにより命名」
その経緯が記された論文もあるではないですか。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004860807
 (オレンジのボタンを押すと誰でも読めます)

 

さらに、よく分からない国際委員会が「北西太平洋海山列」と名前を変えて、隠蔽しているフシもあります。(やっぱりヤツラの仕業か!)

 

60年前に、私と全く同じことを考えていた人が、アメリカにも居たということです。
そして、彼は何かを知っていた!!

 

つまり、この場所こそ、天孫族の故郷である「ムー大陸」だと!
そう言いたいのではないでしょうか?

 


その証拠はあるのか?

ここまでは、単なる思い付きなので、その証拠を探してみることにしました。

 

すると、やっぱりあるではないですか?

 

私のにらんだ通り、ハワイの北西海域には遺跡があるのです。
しかもアメリカが、ちゃっかり押さえてしまっているようです!

 

◆北西ハワイ諸島
2006年6月15日にはジョージ・W・ブッシュアメリカ合衆国大統領は、遺跡保存法に則りパパハナウモクアケア海洋国家遺産への指定を宣言した。

【出典】Wikipedia『ハワイ-天皇海山列の火山の一覧』

【場所】Wikipedia『北西ハワイ諸島』
◆ニホア島・・・宗教的な場所や農地、墓など80以上の遺跡が存在
◆ネッカー島・・・古代ハワイ人による宗教施設や人工物がある小さな無人島。
紀元後頃に古代ハワイの人が暮らしていたと言われ、石に刻まれた文字のようなものや、石像のようなものなどが残っている。(添付写真)

 

<場 所>

この場所は、私が予測した北緯33度、東経175度よりやや南東側ですが、

「ムー大陸の南東の一部が、まだ海上に露出して島として残っている」

と考えることもできます。

 

そして、ここは「ミッドウェー島」のすぐ近くではないですか?

ということは、ここに沈んでいる「連合艦隊」は、祖先の魂に招かれて守られているということ?

 

<人 種> 

「古代ハワイ人が住んでいた」と言ってますが、カメハメハ大王がハワイを統一したのは18世紀のことで、それ以前は、日本人の祖先が住んでいた可能性も充分に考えられます。

 

DNA的にみても、弥生人とポリネシア人は近い位置にあるようですが、すでにお気づきのとおり、弥生人のDNAに関する真実は公表されていません。どうしても「大陸から渡ってきた渡来人」ということにしたいようで、最新の研究成果も隠蔽されています。

 

あとは、遺跡を調査してみないとなんとも言えませんが、ここから「豊国文字」でも出てこようものなら、歴史上の大発見ですよね。

 

<時 期>

そういえば、『竹内文書』にも、確か下記の記述があったと思います。

第69代ウガヤフキアエズ天皇の治世に、大地震が発生して、ムー大陸の「ミヨイ」と「タミアラ」が海中に沈んだ。(添付の地図参照)

 

『ウエツフミ』にも、同じ記述がありますが、時期がやや異なります。

第71代ウガヤフキアエズ天皇の治世に、大地震が発生して、島が崩れた。(どこの島かは書かれていない)

 

いずれにせよ、私の年代推定によると、これは起源0年前後であるとにらんでいますので、上記の「紀元後頃に古代ハワイの人が暮らしていた」という記述と一致してきます。⇒関連記事

 

つまり、ムー大陸の最後の陸地が海中に沈んだのは、起源0年前後である!

ということです。

 

まとめ---日本人とは?

以上の考察から導かれる結論とは?

「レムリア大陸」⇒「縄文人」

「ムー大陸」⇒「弥生人」

を大前提に、これまでの私の研究成果をまとめると、下記のような古代史が生まれます。

 

◆まず「レムリア大陸」が海中に沈んだので、そこに住んでいた「レムリア人」たちは、チベットと日本に避難して「縄文人」となる。

◆つぎに「ムー大陸」が徐々に沈み始めたので、そこに住んでいた「弥生人」たちは、日本への移住を開始する。(紀元前800年頃)

◆これを「天孫降臨」と呼び、ムー大陸を「高天之原」と呼んだ。

◆彼らが最初に拠点としたのが、オオケツ国(徳島県)と高千穂国(宮崎県)である。

◆その後、スサノオや大国主らの功績により日本列島が統一されたので、紀元前660年にはニニギの命が豊の国(大分県)の「フタノボリの大宮」に着任して、「ウガヤフキアエズ王朝」が誕生する。

◆弥生人たちは、ムー大陸にあった高度文明と農作物を日本列島に持ち込んだので、「弥生時代」が始まった。

◆起源0年頃、ムー大陸の最後の陸地が一気に沈んだので、それまでムー大陸と日本列島を往き来していた天孫族は、本格的に日本の奈良に遷都した。これが「神武東征」である。

◆この間に、「アトランティス人」または「シュメール人」の子孫である徐福や秦氏が日本に渡来し、王朝を横取りして歴史を書き換えた。(まあこれは邪推でしょうか?)

 

そして、最後に大切なことは、弥生人は先住民である縄文人たちにもそのノウハウを分け与え、仲良く共存したので、日本という世界にもたぐいまれな「美しい国家」が誕生した。

ということではないでしょうか?

 


コメントをお書きください

コメント: 6
  • #1

    兎族 (金曜日, 03 6月 2016 10:30)

    大変説得力ある内容です。話が逸れますが、突然、昔見た心霊現象のテレビ番組で霊能者がハワイに訪れた際、「半魚人の霊が土地を返しせ」と言っているというセリフを思い出しました。

  • #2

    管理者 (金曜日, 03 6月 2016 16:50)

    「半魚人」でピンときましたが、ウエツフミのなかにも、不思議な海洋生物がいろいろと登場します。
    例えば、
    「サイモチの神」・・・・稲飯とミケヌイリヌ(神武天皇の兄弟)が新羅船団と戦ったとき、この海神に姿を変えています。
    「イソサスリ」・・・・第28代が生まれたとき、この海獣が表れて祝う。
    「豊玉姫」・・・・竜宮城から山彦に嫁いできたその姿がまるで半魚人だった。
    その乗り物はウガツチといい、琵琶湖に祀られた。

  • #3

    日向小次郎 (火曜日, 07 6月 2016 21:40)

    現存する世界最古の縄文土器は約1万6500年前のもので青森県大平山元遺跡から出土してますね。
    三内丸山遺跡からは土器で発酵させた果実酒造の痕跡が少なくとも約5500年前から見つかり
    世界最古のワイン酒造がグルジアの約5000年前で外国圏にも関わらず縄文土器そっくりの
    製造器をそのまま「ドキ」と呼称し縄文土器を用いた酒造ルートが日本からグルジアに線が引けます。
    これは気候の変化などで日本を出て大陸のレイクルート(バイカル湖・黒海・カスピ海)を通り
    トルコまでいって中東、西洋と混血した縄文人の足跡が垣間見える物的証拠です。
    (トルコあたりまでグルジアより新しい年代の縄文土器が順々に発掘されています)
    面白いのはカスピ海南の古代都市ペルセポリス(約2500年前)の設計図が紀元後に日本にできた
    飛鳥京と瓜二つという点です。古代の中東人の先祖に縄文人がいたからこそ「東の国シオン」の存在を
    知っていたのでしょうね。古代イスラエル民の民族大移動もこれで説明がつくのが感慨深いです。
    王族の移民先が適当であってはいけません。先祖代々伝わる縄文日本を約束の地にしたのでしょう。
    私達が思っている弥生人(ペルシャ人)の中には想像以上に縄文人の血が入っているかもしれません。

  • #4

    兎族 (木曜日, 09 6月 2016 08:15)

    主のコメントを拝見してから、ハワイの神話にも関心が出てきました。
    http://www.legendaryhawaii.com/menehune/p06
    mu族が冗談ばかり言う種族だったという言い伝えがとても印象に残ります。

  • #5

    稲田耕一 (木曜日, 15 6月 2017 09:23)

    ムー大陸の謎、縄文人の謎、チベット人の謎、興味ある内容です!
    ムー大陸がもう一度隆起する事を願っています。
    ありがとうございます。

  • #6

    たぁ (月曜日, 07 8月 2017 16:53)

    1万2000年前超古代文明のムー大陸が200mの津波で壊滅して日本にたどり着いて縄文人が元々住んでいて結び付いた、2回目も大洪水で渡来人であるモーゼが日本にうつてきた、3回目はユダヤ人が迫害され日本にたどり着いた、日本にたどり着いた外国人は日本人と共に日本を豊かにして今に至る